今野美穂選手[ 棒高跳 / トーエル所属 ]


今野美穂選手[ 棒高跳 / トーエル所属 ]

今回のアスリートインタビューは、陸上・棒高跳において、日本人女子歴代7位の記録を持つ、今野美穂選手です。高校から棒高跳を始め、埼玉県高校新人陸上競技大会で優勝。4m15cmの自己ベストを持ち、オリンピック出場を目指す今野選手に、自身の中高生時代のお話や、全国の部活動で活動する中高生に向けて、お話をうかがってきました!!

1.新体操部から棒高跳に

──── 今野選手が棒高跳を始めたきっかけは。
今野美穂選手 中学生までは器械体操部で活動していたので、高校でも体操を続けたいと思っていたんです。でも、入学した高校には器械体操部が無くて、その代わりというか、新体操部があったので、似たようなものだろうと思って入部しました。そうしたら、まったく違うスポーツで(笑)。なんか違うな? っと思いつつ活動を続けていた時に、部員が少なくて入部希望者を探していた陸上部の顧問の先生が、新体操部の活動を見に来た時に勧誘されたのがきっかけです。
──── でも、陸上部といっても、様々な種目がある中で、なぜ棒高跳という種目を選んだのですか。
今野美穂選手 その誘ってくれた先生の専門が棒高跳だったんです。なので、先生の専門がちがう種目だったら、私も棒高跳ではなかったと思います。
──── ところで棒高跳のどんなところが好きですか。
今野美穂選手 初心者で始めて、当然最初はまったく跳べない状態からスタートしたので、練習をすればするほど記録が伸びていくところが楽しくて続けていました。それに球技のような対戦型の競技と違って、自分との戦いというか、記録との勝負なので、記録が伸びて自信につながる事でどんどん楽しくなりました! そして棒高跳は陸上の他の競技と比べても技術面の部分が大きいので、練習した分だけ伸びるところも楽しいですね。
──── 始めたばかりの頃の記録はどの位だったのですか。
今野美穂選手 2m位でした。最初はポール(棒)のしなりを活かして逆さになって跳ぶようなカッコイイ跳躍ではなくて、ただただバーをまたいで座りに行くような感じで(笑)。
──── 2mから始まった記録は、高校時代最終的にはどの位の記録が出るようになったのですか。
今野美穂選手 高校3年生の冬頃には、3m80cmになっていました。
──── 棒高跳ならではの、ポールのしなりを活かして、初めて逆さになって跳べた時って感動するのですか。
今野美穂選手 急に逆さで跳べるようになるのではなくて、テクニックの練習などをして序々に跳べるようになっていくので、気がついたら逆さで跳んでいたというような感じです。
──── 楽しかった思い出というと何かありますか。
今野美穂選手 正直なところ、部活で楽しかった思い出はないですね。どちらかというとキツい事ばかりで。特に棒高跳は、技術練習が多くて練習時間が長くなるので、遊ぶ時間が無くてイヤでした。でも大会で好成績を出すと、クラスメイトから「ガンバってね!」って、応援してもらえるのが何よりも嬉しかったです。
──── ちなみに遊ぶ時間があったとしたら、どんな遊びをしたかったのですか(笑)。
今野美穂選手 遊びたいというよりは、当初は、少しだけ部活をやって、普通の女子高生らしい高校生活を送る予定だったんです(笑)。
──── 逆に、ツラかった思い出はありますか。
今野美穂選手 高校時代はフィジカルよりもテクニックの練習が多かったので、練習がきつかったという思い出はないです。でもある日、疲れがたまっていたのか、まったく力が入らない事があって、でも適当に練習をこなす性格では無かったので、最後まで練習をやりきってから自宅に帰り体温を計ってみたら39℃の熱があった事がありました。その時はつらかったですね(笑)。
──── 部活ばかりの高校生活とのお話でしたが、部活動以外ではどんな女子高生でしたか。
今野美穂選手 陸上は体重も管理しなくてはならないスポーツだと思うのですが、マイペースの性格なのと、食べることが大好きなので、チョコレートとかアイスクリームをよく食べていました。
──── 高校時代の夢と言えば、なんでしたか。
今野美穂選手 高校を卒業してからも棒高跳を続けようという気持ちはなくて、当時の夢は、保育士になることだったんです。でも、高3の時に、試合でも結果が出ていたので、大学でも続けたほうが良いのではないかと言われて、それならばということで、保育士の資格も取れて陸上が続けられる大学を選びました。